Knowledge As Practice

JAIST(東京)で Transformative Service Research に取り組んでる社会人大学院生の研究・勉強メモ

サービス経験は時間も空間も広げて考える

この1週間はアウトプット偏重でした。やっていたのは、このブログでちょくちょく書きためていたものを研究計画書に落としこむという作業です。今週木曜日に無事、後期博士課程の願書を提出することができたので、ブログ投稿に復帰します(あと1ヶ月半後が口頭試験があるけど…)。

 
今日読んだのは、Jaakkola and Aarikka-Stenroos (2015) *1です。タイトルは「サービス経験共創(Service experience co-creation)」。サービス業における顧客の「経験」の研究のヒントを提示している論文です。

 
優れた顧客経験の創造は満足やロイヤルティの高い顧客を獲得する大切な要素なので、サービスの提供や組織にとって優れた顧客経験を生み出すことは究極的なゴールです。

 
最近、ユーザー・エクスペリエンスとか顧客経験とかサービス経験とか「●●経験」という言葉を目にします。「経験」という言葉は日常よく使う用語なので、何気なく使ってしまいます。だからこそ気をつけようと思い、読んで見ました。

 
論文中、経験とは「(サービス)提供者との直接的・間接的な接触に対する顧客の個人的で主観的な反応」と定義されています。そして、サービス経験は次のように定義されています。  

サービス経験とは、サービスを購買・使用している間、もしくは想像や記憶を通して現れる、行為者の主観的な反応またはサービス要素の解釈である。

 
ぼんやりしていますが、要は購入時や使用時だけでなく、その前後の時間でもサービス経験が起きていて、それは内面(心)の問題だ、ということだと思います。そして、サービス経験共創については

サービス経験共創が起こるのは、サービス環境内や外において行為者同士の相互作用が、サービスに関する主観的反応や解釈へ影響を与えるときである。サービス経験共創は過去・現在・未来の実際の、そして想像上の経験を包含する。さらに、顧客とサービス提供者、他の顧客や行為者間の相互作用の中で起きる。

 
と言っています。やっぱりよーわかりませんね。でも、著者たちはサービス経験共創について考える軸を提示してくれています。

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出所:Jaakkola and Aarikka-Stenroos (2015)

 
従来、サービス研究の焦点は上図の左側に当てられていましたが、サービス・ドミナント・ロジックなどが現れた後は、右側にシフトしているようです。サービス提供の現場だけでなく、時間も空間も越えたサービス経験が重要と考えられています。

 
この論文はフレームワークを提示する概念的な研究なので、実証はこれからです。私はサービス業に関わる人間なので(というかそれしか関わったことがない)、サービス経験についても注目していこうと思います。

 
興味がある方はぜひ読んでみてください!

*1:Jaakkola, E., Helkkula, A., & Aarikka-Stenroos, L. (2015). Service experience co-creation: conceptualization, implications, and future research directions. Journal of Service Management, 26(2), 182-205.

少し違った視点のエンゲージメント論「プロセスとしての顧客エンゲージメント」

今回読んだ論文は、Bowden(2009)*1 です。タイトルは「顧客エンゲージメントのプロセス:概念的なフレームワーク」。エンゲージメントの論文をグーグルスカラーで検索をして見つけました。この分野では引用数が多いほうです。

 
読んでみると、JSR*2の特集号に載っていた論文とは毛色が異なり、戸惑いました。「顧客エンゲージメント」という消費者の行動や態度があるのではなく、(顧客のある製品・サービスに対する)コミットメント、関わり合い*3、信頼がどのような流れで顧客ロイヤルティに影響を与えるのか、という「プロセス」をエンゲージメントとしています。

 
興味深かったのはエンゲージメント論の起源に言及されているところです。もとは、組織行動の研究分野だったらしく、従業員の仕事に対する行動を扱う中で論じられてきたものだそうです。なるほど。

 
あとは、新規の顧客とリピーターをしっかりわけて論じていたところの興味深かったです。下の図によると、新規のお客さんで再購入する場合は「満足→打算的なコミットメント→再購入」というプロセスで、顧客感動(customer delight)がある場合は、リピーターになったときの感情的なコミットメントに影響を与えます。

 
リピーターの場合は、「満足→信頼(と関わり合い)→感情的なコミットメント」というプロセス。リピーターは1度経験があるので、その経験(と知識)から生まれる信頼・関わり合い・感情的なコミットメントが加味されるわけですね。

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出所:Bowden(2009)

 
おもしろかったとはいえ、顧客エンゲージメントそのものを学ぶためにはちょっと違う論文でした。プロセスとしての顧客エンゲージメントは勉強になりました。

*1:Bowden, J. L. H. (2009). The process of customer engagement: a conceptual framework. Journal of Marketing Theory and Practice, 17(1), 63-74.

*2:Journal of Service Research

*3:論文中では、involvement。

「顧客エンゲージメント:購入を越えて顧客との関係を探求する」 Vivek et al.(2012)

今回読んだ論文は Vivek et al.(2012)*1 です。タイトルは「顧客エンゲージメント:購入を越えて顧客との関係を探求する」。

 
カスタマーエンゲージメントの関連をグーグルスカラーで検索したときに、今回の論文は引用数が上位に来ているわけではありませんが、とてもわかりやすい論文だと思います。参考文献を見ていても、有名どころの論文をちゃんと引用しているみたいで安心。そして、3人で書いたものなのでボリューミー。

 
論文では、顧客エンゲージメントを「企業の提供物もしくは活動(企業や顧客のどちらが主導してもよい)に対する顧客参加や関係の強さ」として定義しています。そして、顧客エンゲージメントは「認知的・感情的・行動的・社会的な要素である」としています。このへんはよくわかりません。

 
顧客エンゲージメントに関する論文の中で、いちばんよいと思える概念的なモデルを示してくれています(下図)。こういうのを元にして、自分の研究も進めていきたいですね。どういう背景、理論でこのような図を作ったのか、読み進めるのが楽しみです。

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出所:Vivek et al.(2012)

*1:Vivek, S. D., Beatty, S. E., & Morgan, R. M. (2012). Customer engagement: Exploring customer relationships beyond purchase. Journal of Marketing Theory and Practice, 20(2), 122-146.

【再読】顧客エンゲージメント行動(CEB)と顧客エンゲージメント価値(CEV)

今日は過去読んだ論文を読み直しました。再読したのは、Van Doorn et al.(2010)*1 と Kumar et al.(2010) *2です。

Customer Engagement Behavior: Theoretical Foundations and Research Directions

Undervalued or Overvalued Customers: Capturing Total Customer Engagement Value

 
両方とも共著者が多く、けっこうヘビーな論文。きっと共著者それぞれ得意なところを書いていて濃い文章になっているのだと思います。だから、1度だけでは私の理解が足りません。

 
論文のテーマは共通していて「顧客エンゲージメント」です。違いは Van Doorn et al.(2010)が顧客エンゲージメントの行動に焦点を当てて、Kumar et al.(2010) が顧客エンゲージメントによって生まれる価値に焦点を当てています。

 
おもしろいのは顧客エンゲージメントについて、Van Doorn et al.(2010) が「購入後*3の顧客が(結果として)企業のためになる行動」しているのに対して、Kumar et al.(2010) は「そうはいうけど、購入時の行動も考慮に入れるべき」といっています。

 
意見が分かれている論文をよむと、迷ってしまいます…。しかし、自分のポジションを取らないといけません。考え方は、Van Doorn(2010) が好きです。とはいえ、商品・サービスの購入や普及は企業の関心事なので、無視することはできません。

 
Van Doorn et al.(2010)の考え方を軸にしつつ、Kumar et al.(2010) も取り入れて、今後も先行研究レビューを進めていきます。

*1:Van Doorn, J., Lemon, K. N., Mittal, V., Nass, S., Pick, D., Pirner, P., & Verhoef, P. C. (2010). Customer engagement behavior: Theoretical foundations and research directions. Journal of Service Research, 13(3), 253-266.

*2:Kumar, V., Aksoy, L., Donkers, B., Venkatesan, R., Wiesel, T., & Tillmanns, S. (2010). Undervalued or overvalued customers: capturing total customer engagement value. Journal of Service Research, 13(3), 297-310.

*3:本文中、beyond purchase と表記されています。

同じようなことを調べている人がいて「世間は狭いな」と思った論文

現在はサービス研究の先行研究をチェックする時期なので、統計分析の勉強はお休み中。やることはデータ分析をしてこういうことを見つけましたではなくて、こうじゃないかなを検証することなので、まず「こうじゃないかな」を先行研究をもとに作らねばなりません。


今日は自分の研究(と仕事)に直接関連する論文を読みました。cinii で「歯科 満足度」と検索していたら出てきたものです。著者は立教のDBAコースにいる方のようです。タイトルは「プロフェッショナル・サービスの対個人サービスにおけるサービス品質構成要素の研究 歯科診療所の患者満足を事例として」*1です。


内容は私がDBS(同志社ビジネススクール)修了のために書いた論文をもろかぶりです。しかし、アプローチがちょっと違います。私は Grönroos やその他の研究を参考にサービス品質を3次元にわけました。今回の論文は SERVEQUAL にかなり依拠しているようです。


私のモデルと対比させるとこんな感じ。上が今回の論文中のモデル、下が私の論文中のモデル。

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出所:松田(2015)


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出所:http://www.slideshare.net/hikaru/ss-44263041/12

 

モデルの作り方がけっこう違いますね。勉強になります。

★ ★ ★

今回の著者はプロフェッショナル・サービス全般の顧客満足度の研究をされているようです。2013年には弁護士事務所の満足度研究も書かれています。なかなか斬り込むのが難しい分野なので、おもしろいですね。

*1:松田友美. (2015). プロフェッショナル・サービスの対個人サービスにおけるサービス品質構成要素の研究: 歯科診療所の患者満足を事例として. 立教 DBA ジャーナル= Rikkyo DBA journal, (5), 57-76.

顧客エンゲージメントの4つの価値

今日読んだ論文は、Kumar et al.(2010)*1です。タイトルは「過小評価/過大評価される顧客 総顧客エンゲージメント価値を捉える」。顧客エンゲージメントを量的に表すにはどうしたらいいか、そのフレームワークを提案しています。ぼんやりした顧客エンゲージメント論が少しハッキリしていきました。


Kumar et al.(2010)の貢献は、あいまいな顧客エンゲージメントを4つの顧客価値として示したことです。カスタマー・エクイティの議論を進めた感じの印象です。4つの顧客価値とは次のものです。

  • 顧客生涯価値(生涯価値)CLV
  • 顧客紹介価値(紹介価値)CRV
  • 顧客影響価値(影響価値)CIV
  • 顧客知識価値(知識価値)CKV


漢字が小さく詰まってゲシュタルト崩壊しそうですね。1つ1つはそんなに難しいものではありません。これまでの顧客エンゲージメント論では、顧客エンゲージメントを購入後の顧客の行動に焦点を当てていましたが、購入すること自体もやはり大切である、という理由から生涯価値(Customer Livetime Value)も顧客エンゲージメント価値だと Kumar らはいいます。


紹介価値(Customer Referral Value)とは、既存顧客がインセンティブ付きの紹介制度を利用して新規顧客を紹介してくれたかどうかを表すものです。内発的な行動ではありませんが、新規客は企業にとって価値のあるものです。


影響価値(Customer Influence Value)とは、既存顧客が内発的に(自主的に)新規顧客や見込み客を紹介したり、クチコミをしたり、ブログやSNSで発信することです。この影響価値にはプラスとマイナスの両方があります。悪いクチコミがされると企業にとってマイナスに影響をするからです。


知識価値(Customer Knowledge Value)とは、顧客が企業にフィードバックする知識がどれだけあるかを表すものです。顧客の声は新製品・新サービスの開発や既存商品の改善に役立ちます。いまふうに言うなら、企業の提供物を共創*2するときに役立つので、知識価値を増やすように企業がどう働きかけるかが重要というわけです。


他にも、CLV・CRV・CIV・CKVの関係など、興味深いことがたくさん書いてあります。ぜひ読んでみてください!

*1:Kumar, V., Aksoy, L., Donkers, B., Venkatesan, R., Wiesel, T., & Tillmanns, S. (2010). Undervalued or overvalued customers: capturing total customer engagement value. Journal of Service Research, 13(3), 297-310.

*2:これは広義の価値共創のこと。厳密には Co-Production。

経営学以外の知見を積み上げて議論していく価値共創の論文

前回「スマート・エクセレンス」という論文*1を読みました。今日読んだのは、それに関係する論文です。タイトルは「文脈視点による価値共創経営: 事後創発ダイナミックプロセスモデルの構築に向けて」(藤川・阿久津・小野 2012)*2


第一著者・藤川先生の文章はキレキレです。論旨明快で、いつもすごいなぁと尊敬しています。前半、サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)*3を3つの視点からすっきりと整理されています。その3つの視点とは

  • サービス観の違い
  • 価値概念の違い
  • 顧客像の違い


です。論文中にある図表がとてもわかりやすい。

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出所:2つとも藤川・阿久津・小野(2012)から引用。


この論文の大事なところは「価値共創における顧客プロセス」のモデルを示したことです。まず、一般的に考えられる「並行モデル」「集束モデル」「交叉モデル」を示します。その次に、これから3つのモデルは不十分として既存研究を参考にしつつ、「複雑、ダイナミック、事後創発的」なモデルを着想します。


文化心理学、生態心理学まで話が及ぶのでけっこう難しいです。ただ、西洋文化圏とアジア圏は違う文化なのだから、モデルも変わってくるというのは納得できます。


経営学以外の知見を積み上げて議論していくスタイルは勉強になります。ぜひ、皆さんも読まれてください。

*1:小野譲司(2014)「スマート・エクセレンス 焦点化と共創を通した顧客戦略」『 一橋ビジネスレビュー』, 61(4), 56-75。

*2:藤川佳則・阿久津聡・小野譲司(2012)「文脈視点による価値共創経営: 事後創発ダイナミックプロセスモデルの構築に向けて」『組織科学』, 46(2), 38-52。

*3:なお、S-Dロジックについてはこちらのシリーズを参照してください。
http://hikaru1122.hatenadiary.jp/entry/what-is-sdlogic-01

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